第44回目のテーマは「侍」です。鎧かぶとに身を包み戦場で刃(やいば)を交わし敵を討つ、日本の戦士、侍です。日本人はしばしば侍と呼ばれます。なぜサムライと日本人が結びついたのかその謎を歴史からひも解いてみましょう。「侍」の語源は「さぶらふ」で「仕える」という意味です。平安時代、貴族に仕え警護をした人達が侍の前進と言われています。12世紀、源頼朝が鎌倉幕府を開き、侍が国を治める時代が始まりました。16世紀の戦国時代、侍達は領土を得るために命をかけて戦いました。歴史に名を刻む武将達も登場、武力こそが権力を握る鍵となりました。17世紀初頭、侍の歴史が大きく変わります。江戸に幕府が開かれ、250年にわたる平和な世が訪れます。戦いが本業だった侍達は違う生き方を余儀なくされました。幕府は中国の「朱子学」を奨励し侍もその思想を生活に取り入れました。深い精神性を持つことが侍の価値となっていきます。主君に忠義を尽くす、礼節を重んじる、正しいこをを敢然(かんぜん)と実行する、弱き者には慈愛をもって接する。明治時代となり、侍の時代が終わりを告げてもその精神性は日本人の道徳観を支えています。教育者・新渡戸稲造は「武士道」の中で侍の精神を説明し、こう記しています。「定義こそないが武士道は今も昔もこの国に息づく魂であり、原動力である」。現在でも向上心が高く、新年を貫く人を時として「サムライ」と呼びます。サムライの精神は日本人の心に行き続けているのです。

<way of life ・・・ 生き方>

江戸時代、侍はまったく違った生き方を始めなければなりませんでした。
In the Edo period,the samurai had to embark on a completely different way of life.

<hallmark ・・・ (特にきわだった)特徴>

強い精神性が侍の特徴でした。
A strong spritual backbone was a hallmark of the samurai.
 
<日本の時代区分>
日本では時代を区分する表現方法として古来、元号というものがあります。しかし元号は一般に1つ1つが短く、大きな歴史を表現するには適しません。最も長い昭和でも64年。通常は数年で終わるものが多くとても複雑です。また元号とは別に日本では平安時代、鎌倉時代、江戸時代などといった表現もあります。御所や幕府などその時代ごとに国を治める期間があった場所から名付けた時代区分です。ところが外国人から見ると平安時代はおよそ400年、江戸時代はおよそ260年などと大変長い期間を1つとして表現するためやや大雑把に感じるといいます。さて日本の歴史を
外国人に伝えようと思うと確実でわかりやすいのは西洋暦で説明することです。15世紀、16000年などといった表現は今や世界共通ですし、外国の人も自国の歴史と比較できるのでわかりやすいでしょう。しかし、西暦と明治以前の日本で使われていた旧暦、太陰暦には違いがあります。両者にはおよそ1ヶ月程度のずれがあるので日本の歴史の年月日を正確に西暦で表したい場合には注意が必要です。例えば、元禄15年12月は西暦で1703年1月となります。暦や時代区分の表現は国の歴史によって様々です。それぞれの違いをよく知ってから話すことが必要になるかもしれません。